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刺繍の起源

刺繍は魚や獣の骨でつくった針と、植物や動物の繊維か毛皮さえあれぽつくれるので、非常に古くからおこなわれていたにちがいないが、起源はいまだに不明です。

今日残されている古い時代の作品によって判断するしかありませんが、たまたま古墳などから副葬品として刺繍品が発見されたからといって、その土地だけを産地として特定するわけにはいかないようです。

古い時代の刺繍品からしてすでに、一定の組織によって製作されてきました。

それも、女性とか男性に限られるわけでもありません。

部族の支配者、聖職者などの権威を誇示し、高めるためにその組織がつくられる場合が多く、中国、エジプト、バビロニア、インド、ピザンツ、イスラム、ヨーロッパ中世など、あらゆる時代と地域にこうした組織がつくられていたはずです。

刺繍の素材「刺繍糸と地布」・・・その1

刺繍の素材としては皮がつかわれることもあるが、主に織物と糸が用いられます。

時代や場所、目的などによって、羊毛、麻、絹、木綿などが地布として用いられました。

刺繍の美しさを表現するのは、勿論、刺繍糸の役目だが、そのためには、まず、良い地布を選ばなければなりません。

針仕事のしやすいということのほかに、刺繍糸とのつり合いも大事だし、作品の目的にかなうものでなくてはならないのでした。

毛織物を刺繍の地布としてつかうようになったのは、ずっと大昔からのことで、スカンディナヴィアでは青銅器時代(およそ紀元前十八世紀から紀元前十世紀)から、すでにつかわれていました。

単純な刺繍をほどこした毛織の服の端ぎれが残されています。

刺繍の素材「刺繍糸と地布」・・・その2

紀元前四世紀のギリシャで刺繍されたウールの地布も残されているし、蒙古やシベリアの古墳からも同じ頃のものが見つかっています。

馬の鞍に用いられたものは、多色のフェルトの布をモザイク風に配置したアップリケ(二〇×二〇センチ)だし、壁掛けはベージュの地布に赤・青・黄・黒などで騎士が、やはり、アップリケされています。

二千年も昔の作品とは思えないほど生き生きしています(二二〇×一一〇センチ、両者ともレニングラード・エルミタージュ美術館所蔵)。

毛織の地布のものはカーテン、カバー、クッションなどに用いられ、防寒を主な目的としたものと思われます。

リネン(亜麻)の地布は軽くて加工しやすいという利点を持っていました。

しかし、地布の中で最も美しくて高価なのは絹地であり、それに絹糸、または、金糸で刺すと、絹地はすばらしい光沢をあらわすようになるので、十世紀に金糸刺繍が盛んになってからは、なかでも綾織の絹地が地布として用いられるようになりました。

しかし、その絹地を補強するためにも、リネンの裏地が張られることが多いです。

刺繍の素材「刺繍糸と地布」・・・その3

十三世紀からあと、模様のない絹ビロード地も用いられるようになると、ビロード地の上に薄い絹地、または、リネン地を置いて刺しやすくする方法もとりあげられました。

オープス・アングリカーヌムと呼ばれるイギリスの教会刺繍にこの種のものがよく見うけられます。

刺繍の地布に木綿を用いるようになったのは、近東とインドから大量の木綿が輸入されるようになった十八世紀からのことで、薄手の木綿地に極細のリネン糸で刺す白糸刺繍が人気を呼びました。

絹と木綿の交織は、十世紀エジプトのファティマ王朝時代のムルハムという刺繍にまず見られ、次いでヨーロッパでも、リネンと木綿の交織と共に用いられました。

刺繍糸のうち、毛糸と亜麻糸は紡いで用いられ、また、撚って用いられることもありまし。

領主や聖職者の権威をあらわすための豪華な刺繍には金銀糸が併用されましたが、これらは絹糸のしんに金銀箔を巻きつけてつくられました。

刺繍の素材「刺繍糸と地布」・・・その4

ドイツ皇帝ハインリヒニ世の奥方クニグンデのマントには一センチ幅に五十六本の金糸が平行に並べられています。

古い時代の金糸は金の含有量が多く、特に明るく輝いていましたが、のちには銅を多くまじえて赤味を帯びるようになります。

なお、中世後期には絹糸か亜麻糸の芯に薄い金箔を巻いたり、パエットという金属の小片を散らしたり、色つきのガラス玉を模造真珠として用いたりしました。

河真珠という小粒のものや珊瑚も用いられ、真珠刺繍工という特別の職人さえあらわれました。

金銀糸の刺繍には、平らにならすためにハンマーさえ用いられたほどだですが、一般に刺繍糸はしなやかでやわらかく、しかも丈夫であることが第一の条件でした。

しかし、見た眼に美しく、変色しにくいことなども、やはり、大切な条件だったそうです。

ポンペイの遺品

紀元七九年、町の裏手にそびえるヴェスヴィアス火山の大爆発によって一瞬のうちに埋まってしまったイタリアの古代都市ポンペイは、十八世紀に発掘され、驚くほどに高度な文明生活がここに発達していたことがわかったそうです。

この発掘品の中に刺繍とかかわりの深い金属製の針やピンセット、きり、指ぬきなどがありました。

古代ローマ人は裁断技術こそ平凡だったが刺繍はとても盛んで、貴婦人たちはそれぞれ刺繍のアトリエを持ち、一流の画家たちに下絵(カルトゥーン)をデザインさせ、召使いの女たちにドレスなどを刺繍させました。

服飾のおしゃれは、服地とアクセサリーと刺繍で競うしかなかったのです。

こうしたおしゃれは、やがて、中世後期に復活します。

刺繍の地布は必ず枠に張られました。

しわを防ぐためでした。

その上にデザイナーが下絵を羽ペンで描きます。

しかし、その代りに、絹地に描いたモチーフを切りとってビロードの地布の上にアップリケするやり方もあったそうです。

さまざまなステッチ

ステッチですが、驚くべきことに西暦以前から、すでに、さまざまなステッチが実用化されていました。

ただ、どのような素材をつかって何を刺繍するか、その目的にかなうステッチとしてどれを選ぶかは、時代の好みによってちがってきます。

このように、どのステッチをつかってどんな作品が刺繍されたかについては、別にあらためて述べることにし、今は、中世ヨーロッパ刺繍の一大傑作がどのようにして生まれ、千年もの長い間奇跡的に伝えられてきたか、その壮大なロマンのあとを追ってみることにます。

アーサー王伝説とは?・・・その1

ウィリアム征服王はイギリスの王位につくと、「アーサー王の円卓」をつくらせました。

二十五人の騎士たちが着席できる大きなまるいテープルです。

「アーサー王と円卓の騎士たち」という物語を御存じでしょうか。

紀元五世紀の末頃南イングランドを支配していたと言われるケルト人の勇将アーサーとは、キャメロット城に美女ギネビアを妻とし、百五十人の騎士をむかえられる円卓を持ち、名剣カリブルヌスを腰に帯びてアングロ・サクソン族と戦ったと言われる伝説的英雄です。

すでに前章で述べた通り、ケルト人というのは古くからヨーロッパ大陸に居住していた極めて装飾感覚にすぐれた種族でしたが、その一部は紀元前五世紀頃から海を渡ってブリテン島(今のイングランドとスコットランド、ウェールズ)に移り住むようになりました。

ところが紀元五世紀頃に大陸から渡ってきた新しいアングロ・サクソンという種族に追われて南イングランドやウェールズの山岳地帯に後退を続けたのです。

アーサー王伝説とは?・・・その2

アーサーらの活躍にもかかわらず、追いつめられたケルト人たちの中には再び海を渡ってフランスのブルターニュ半島に移住した人々もいました。

ノルマン王朝をひらくにあたってウィリアム征服王が二十五人用の円卓をつくらせたのは、アングロ・サクソン族によって圧迫され続けてきたケルト族を天に代って助けようという政治的かけひきのあらわれと思われます。

ところが征服王の政治的意図とは別に、ケルトの諸伝説はヨーロッパ大陸で大いに栄え、それが刺繍の魅力的なモチーフになっていったのだから面白いです。

アーサー王伝説とは?・・・その3

このアーサー王の妃ギネビアと湖の騎士ランスロットとのはげしい恋と、同じくケルト伝説のトリスタンとイゾルデ(イズー)の運命的な出会いと恋の苦悩というモチーフは、繰り返し刺繍されました。

ノルマンディー公ギョームと祖先を同じくするその一族のヴァイキングたちは、イギリス征服と時を同じくして地中海に進出し、両シチリア王国をうちたてます。

シチリア(シシリー)島のパレルモを都とする地中海のノルマン人たちは、こうしてイスラムの文化を保護し、その手工芸のすぼらしい作品と技術をヨーロッパ諸国に伝えることになるのです。

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